昨年7月8日、父が、交通事故で亡くなった。もう7ヶ月も経つのかと思うと、ただただ早い。もっと、連絡とりあえばよかったなど、後悔しまくりである。
 父は、中学の3年間、宮崎から広島の親戚の家へ単身で行き、奉公するなど、子供のころから、苦労したそうだ。だからか、自分自身に厳しかったが、人にも厳しかった。子どもの躾では、手がでるのは当たりまえ。父は、パン職人だったため、近場にあった、パンをこねるための麺棒で、叩かれたこともある。大変痛かった。今からしてみれば、虐待ともいえる出来事だが、そのおかげで今の私があるし、普代村との関わりや、気遣いなど、役立っているため、感謝している。私が、高校生の時、1度、殴り合いの喧嘩し、勝ってしまい、わざと負けた方がよかったな。と思ったことがある。その時気づいたが、強い父ままであってほしかった。以降、喧嘩したことはないが、その時ばかりは、口だけでも「手加減した」などと言い、負けを認めなかった。本当に、負けん気が強い人だった。
 父は、高校卒業後、料理人になろうと、京都へ修業に行った。しかし、和・洋・中と、料理を極めるためには、種類も豊富で、時間が掛かるため、パンの道へ進んだ。私は、父が怖かったが、父の作ったパンが、好きだった。中でも、ハード系のパン。カリカリとした食感の中から、もちもちとした柔らかい食感が、たまらなく好きだ。チョコレートや、チーズ・サラミ、ベーコン等を入れれば、また違った顔になるが、シンプルイズベストで、バケットが一番好きだった。もうあの味には、出会えないけど、私の中で、硬く、強く、逞しく残っている。
ありがとう。お父さん。